何が正解?と悩んだ私が、利用者様の生き方をケアの軸にするまで
いつもありがとうございます。
訪問看護ステーションまりあ、看護師の松ケ崎太郎です。
訪問看護師になってから最近まで、「正解って一体何なんだろう?」と悩んでいました。
病院勤務であれば、治療方針やルーティン、安全第一のルールという、ある程度の「正解」が用意されていました。
しかし、一歩地域に出て利用者様のご自宅に伺うと、そこには教科書通りにはいかない毎日が待っています。
「私のやっているケアは、本当にこの人のためになっているのだろうか……」
そんな風にひとりで悩むことも多かった私が、今では「利用者様の在り方や生き方を尊重すること」を、最も大切なケアの軸だと思えるようになりました。
医療としての正しさと現場の現実
訪問看護を始めたばかりの頃の私は、とにかく医療職としての正しさや安全を最優先に考えていました。もちろん、看護師として非常に重要な視点です。
しかし、ご自宅というプライベートな空間に深く関わらせていただく中で、次第に心の中に違和感が生まれ始めました。病院とは違い、ご自宅は生活の場です。そこには利用者様のこれまでの人生があり、こだわりがあり、家族との関係性があります。
いくら医療として正しいことでも、それをそのまま押し付けることが、必ずしも目の前の患者様の笑顔につながらない場面に何度も遭遇したのです。
「良かれと思って提案したことが、なぜか受け入れてもらえない」
「安全のために制限をお願いすると、どこか寂しそうな表情をされる」
そんなギャップに直面するたび、「私の看護は間違っているのだろうか」と、正解を探すような日々が続きました。
気づき①:同じ病気でも、望む生き方は「100人100通り」
そんな私の視点を変えてくれたのは、他でもない利用者様たちでした。
ある時、同じ疾患で進行度合いも同じような、2人の利用者様を担当することがありました。一般的な看護計画であれば、似たようなケアや目標が設定されるケースです。
しかし、実際にお話を聞いていくと、お二人が望まれる未来は全く異なるものでした。
A様は「とにかく最期まで、住み慣れたこの自宅で家族に見守られて過ごしたい」
多少の不自由やリスクがあっても、我が家で過ごす時間の尊さを何よりも大切にされていました。

B様は「誰の力も借りず、できる限り自分の足でトイレに行きたい。それが私のプライドだから」
B様にとっての幸せは、自立した人間としての尊厳を保つことだったのです。

C様は、「自分の体調よりも、孫や家族と笑顔で過ごす時間を1分でも長く作りたい」と話してくださいました。
このとき、ハッとさせられたのを今でも覚えています。
「同じ病気や状態だからといって、同じケアが正解になるわけがないんだ」と。
医療的なデータや病名だけを見ていては、その人の本当の姿は見えてきません。
一人ひとりが胸に秘めている、全く違う「大切にしていること」に耳を傾けること。それこそが、訪問看護のスタートラインなのだと痛感しました。
気づき②:私の「良かれと思うケア」は、誰のための幸せか?
もう一つ、私に大きな転機をもたらしたのは、「自分の『良かれと思うケア』が、必ずしも相手の幸せではない」という苦い学びでした。
ある利用者様のご自宅で、私は安全を優先するあまり、「転倒したら危険だから、一人での移動は控えて、私たちが訪問した時やご家族がいる時にしましょう」と、行動を制限するような提案をしてしまったことがあります。怪我をしてほしくないという、純粋な「良かれと思って」の行動でした。
しかし、その提案を聞いた利用者様は、静かにこうおっしゃいました。
「看護師さん、安全なのは分かるけれど、私は生きたいように生きられないなら、生きていても意味がないのよ」
その言葉は、私の胸に深く突き刺さりました。
私は「利用者様の安全」を守っているつもりで、実は「自分が安心したいだけ」だったのではないか。
医療的な正しさを盾にして、その方の大切な「その人らしさ」や「生きる喜び」を奪ってしまっていたのではないか。葛藤と反省が押し寄せました。
リスクをゼロにすることが、必ずしもその方の幸福に直結するわけではありません。多少のリスクを抱えてでも、その人が「自分らしくあること」を選びたいのであれば、医療者としてそれをどう支えるかを考えるべき。
それこそが、訪問看護師の専門性なのだと強く学んだ瞬間でした。
「利用者様の在り方や生き方」を支える
数々の失敗や葛藤を経て、現在の私は迷わなくなりました。
私のケアの軸は、「利用者様の在り方や生き方を尊重すること」これに尽きます。
今の私には、万人にとっての「たった一つの正解」を探す必要はありません。
目の前の利用者様が何を大切にし、どんな風に今日という日を過ごしたいのか。

それを一緒に見つけ、形にしていくこと自体が「正解」だと信じられるようになったからです。
もちろん、今でも安全面や医療的な判断とのバランスに悩む場面はあります。
しかし、そんな時こそ、利用者様やご家族とトコトン話し合います。
「医療的にはこういうリスクがあります。でも、〇〇さんはこれを大切にしたいんですよね。だったら、どうすれば一番安全にそれが叶えられるか、一緒に考えましょう!」
そうやって歩み寄ることで、利用者様も心を開いてくださり、より深い信頼関係が築けるようになりました。
「あなたに担当してもらえて良かった」と言っていただける回数が増えたのも、この軸ができてからのことです。
もし、訪問看護師の方や、これから訪問看護を始めようとして「正解が分からない」と悩んでいる方がいたら、伝えたいことがあります。
教科書通りの正しさが通用しない現場だからこそ、訪問看護は最高に面白く、奥深い仕事です。
医療者としての知識や技術は、利用者様の「生きたい人生」を支えるための道具にすぎません。主役はそこで生活されている利用者様ご自身です。
「その人らしさ」を尊重し、人生の伴走者として寄り添うこと。その温かさに触れられる訪問看護という仕事が、私は今、心から大好きです。
今日もまた、一人ひとりの「その人らしさ」を大切にしながら、利用者様と向き合っていきたいと思います。

