原因を探すより、その人の目的を見る アドラー心理学の目的論を読んで

いつもありがとうございます。
訪問看護ステーションまりあ管理者兼看護師の佐藤絢美です。

最近、アドラー心理学の本を読みました。
その中で、頭に残っている考え方があります。

原因を探すより、その人の目的を見る アドラー心理学の目的論を読んで

物事を、原因からだけではなく、目的から見てみるという考え方です。

何が悪かったのか。
なぜ起きたのか。
どんな原因があったのか。

看護の現場では、そこを曖昧にできない場面がたくさんあります。命に関わる仕事だからです。

確認しなければいけないことは確認する。
伝えるべきことは伝える。
振り返るべきことは、振り返る。
これは必要なことです。

ただ、原因ばかりを追いかけていると、いつの間にか人を責める目になってしまうことがあります。

スタッフに対して、なかなか成長しないな、前にも伝えたのに、どうして分からないのだろうと感じる時があります。
性格なのか。
経験が足りないのか。
意識が低いのか。

そうやって、できていない理由を探し始めると、言葉が少しずつきつくなります。

なんでできないの。
前にも伝えたよね。
どうして分からないの。
言われた相手は苦しいと思います。

でも本当は、言っている側も苦しいのだと思います。
その会話の先に、明るい景色が見えないからです。

わたしは病院で働いていた頃、責められる経験を何度もしてきました。
何かが起きると、まず誰が悪かったのかを見られる。
インシデントレポートを書けば、どんな看護をしていたのかと事情を聞かれ個人を責める。

もちろん確認は必要です。

でも、責められる空気の中にいると、人は守りに入ります。
本当は早く共有した方がいいことも、言い出すのが怖くなる。自分を守るために、隠したくなる。
その気持ちは、よく分かります。

だから、まりあをそういう場所にはしたくありません。

アドラー心理学の目的論を読んで、特に考えさせられたのは、その人はその行動によって何を守ろうとしていたのか、という見方でした。

たとえば、報告が遅れたスタッフがいたとします。
原因だけを見れば、確認不足、意識不足、経験不足と見えるかもしれません。

でも、少し立ち止まって見方を変えると、別のものが見えてきます。

怒られたくなくて黙っていたのかもしれない。
迷惑をかけたくなくて、ひとりで抱えていたのかもしれない。
評価が下がるのが怖かったのかもしれない。
失敗した自分を、これ以上見たくなかったのかもしれない。

そう考えると、必要なのは責めることではなく、安心して早く共有できる場所を一緒につくることなのだと思いました。
何かが起きた時、それをそのスタッフひとりの問題として終わらせたくありません。
そのスタッフが、みんなを代表して経験してくれたこととして受け止めたいのです。

何が起きたのか。
そこから何を学べるのか。
次に同じことが起きないように、わたしたちは何を変えるのか。
それを、みんなで考えたい。

だから、何かあった時に隠さないこと。
自分だけを守ろうとしないこと。
経験したことを、みんなの学びに変えていくこと。

まりあで一緒に働くうえで、ここは大事にしたいです。

共有するのは、誰かを責めるためではありません。
利用者さまを守るためです。
ご家族に安心していただくためです。
スタッフみんなで同じ経験から学び、次の看護につなげるためです。

目的から見ると、問いが変わります。
なぜできなかったのか、だけで終わらせない。
その人は何を守ろうとしていたのかを考える。
誰が悪かったのか、だけで終わらせない。
次に同じことが起きないために、わたしたちは何を変えられるのかを考える。
あなたはなぜできないのかではなく、わたしたちはどんな看護を届けたいのかを考える。

問いが変わると、会話の温度も変わります。
責めるための会話ではなく、次をつくるための会話になる気がします。

利用者さまと関わる時にも、同じことを感じます。
リハビリに前向きになれない方がいる。
薬を飲み忘れてしまう方がいる。
ご家族の助言を、なかなか受け入れられない方がいる。

原因だけを見ると、やる気がない、理解していない、意識が低いと見えてしまうかもしれません。

でも、そこにも理由ではなく、守ろうとしているものがあるのだと思います。
失敗して傷つくのが怖い。
できない自分を認めたくない。
家族に迷惑をかけたくなくて、平気なふりをしている。
自分の人生を、自分で決めたい気持ちが残っている。
そう思うと、関わり方が変わります。

できないところだけを見るのではなく、その人が何を大切にしているのか。
何を守ろうとしているのか。
どんなふうに生きたいと思っているのか。
そこに目を向けたくなります。

わたしは訪問看護を通して、病気や介護があっても、自分らしい人生を大切にできることを伝えたいと思っています。

大切な人を大切にしながら、自分自身の人生も大切にする。

そのことを、利用者さまにも、ご家族にも、スタッフにも、そしてわたし自身にも、何度でも思い出してほしいのです。

だからスタッフ育成も、ただ正すことではないと思っています。
一緒に未来をつくっていくことなのだと思います。

もちろん、伝えるべきことは伝えます。
看護の現場は、優しさだけでは成り立ちません。
見逃してはいけないこともあります。
曖昧にしてはいけないこともあります。

ただ、同じことを伝えるにしても、どこから話し始めるかで、相手の表情も自分の心の向きも変わります。

あなたは、なぜできないのか。
そう問うのか。

わたしたちは、どんな看護を届けたいのか。
そのために、次はどうしていこうか。
そう問うのか。

ほんの少しの違いに見えて、実際には大きな違いです。

アドラー心理学の目的論は、ただ前向きに考えましょう、という話ではないと思います。

過去をなかったことにする考え方でもありません。
起きたことは、ちゃんと受け止める。
必要な確認もする。
改善もする。

そのうえで、これからどうしたいのか、何を実現したいのか、その人は何を守ろうとしていたのかを見る。
責めるだけでは、そこまで見えません。

スタッフの育成で悩んだ時。
利用者さまとの関わりで迷った時。
家族との関係で苦しくなった時。
自分自身がうまくできないと落ち込んだ時。

そんな時こそ、この問いに戻りたいです。

わたしは、何を実現したいのか。
誰と、どんな未来をつくりたいのか。
この人は、何を守ろうとしているのか。

人は、責められると守りに入ります。

でも、一緒に先を見てもらえると、少しずつ自分で考え始めることがあります。
誰かに言われたから動くのではなく、自分の中から動き出す。

その力は、利用者さまにも、スタッフにも、わたし自身にもある。
わたしはそう思っています。

まりあが大切にしたいのは、できない理由を探し続けることではありません。

その人の中にある力に気づくこと。
必要な支えを届けること。
その人らしい人生に、そっと明かりを灯すこと。

それは、利用者さまに対しても、ご家族に対しても、スタッフに対しても同じです。
そして、わたし自身にも必要なことです。

わたしも、たくさん悩みます。
力が入りすぎて、あとから反省することもあります。

それでも、そのたびに戻ってきたい問いがあります。

わたしは、何を実現したいのか。
誰と、どんな未来をつくりたいのか。
目の前の人は、何を守ろうとしているのか。

できなかったことを責めるより、次に言えてよかったと思えること。
小さな不安を、ひとりで抱え込まずに共有できること。
利用者さまやご家族に、少しでも安心を届けられること。

そういう小さな変化を、みんなで見逃さない場所でありたいです。

責めるためではなく、未来をつくるために。
人の中にある力を、見つけるために。

病気や介護があっても、大切な人を大切にしながら、自分らしく生きる心地よさを思い出せる場所を、これからも育てていきたいと思います。

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