入職5ヶ月目の現在地 私が「まりあ」の環境で日々楽しく訪問できている理由
いつもありがとうございます。
訪問看護ステーションまりあ看護師の丸山千春です。
早いもので、まりあに仲間入りをしてから5ヶ月という月日が流れました。
この5ヶ月を振り返ってみて、今私の心にある一番大きな気持ちは、日々の訪問看護が「とにかく楽しい」という純粋な喜びです。

そして同時に、今自分がこうして看護に向き合えているまりあという環境に対して、心の底から深い感謝の念が湧き上がっています。
私がこの5ヶ月間でどのような変化を遂げてきたのか、飾らない等身大の言葉で振り返ってみたいと思います。
コミュニケーションへの苦手意識と、心のブレーキ
今でこそ「楽しい」と言える私ですが、実は以前からコミュニケーションに対して強い苦手意識を抱いていました。
私は昔から、「相手の話を瞬時に理解し、パッとすぐに言葉を返す」ということが苦手で、ゆっくりと考える時間が必要でした。
相手の意図を汲み取ろうとすればするほど、頭の中で言葉や様々な情報がぐるぐると空回りし、頭の中がゴチャゴチャになってしまう。
さらに、「なんと返すのが正解か」
迷いながら返答をすることで、自身の話し方も回りくどくなってしまい、本当に伝えたかったことが、上手く届かないというもどかしさを抱えていました。
後から思い返しては
「こんなふうに言えばよかった」とひとり反省会。
そんな状態が続くと、心の中には焦りが生まれます。
「みんなはあんなにスマートに、テキパキとコミュニケーションを取っているのに、どうして私は上手くできないんだろう…どうしてみんな、落ち着いて、迷わず堂々とできるの?」
気づけば、周囲と自分を無意識に比較するようになっていました。
「私は人より劣っている」
自分の全てに自信がありませんでした。元からの性質だとも諦めていました。
目の前の「思い」に寄り添う、私の看護のカタチ
しかし、そんな不器用な私であっても、訪問看護の現場に赴き、利用者さまやご家族の前に立つときだけは、絶対にブレない軸がありました。
それは、常に「利用者さま自身がどうしたいか」という意向や想いを主軸に置いて向き合うということです。
医療の現場では、計画書に書かれた設定された看護の目的や、医療者側のスケジュールを優先して動くことが求められる場面も少なくありません。
しかし私は、それよりもまず「目の前にいる方の想いに耳を傾けること」、つまり徹底的な傾聴に意識が向いていました。
私がケアにあたる上で願っていたこと
それは、「その場が穏やかな空気のままで終わってほしい」ということでした。
利用者さまが、そしてご家族が、私という看護師が訪問している時間を通して、少しでもホッとしてほしい。穏やかで優しい時間を過ごしてほしい。その一心でした。
ただただ「相手の思いを受け止める」というコミュニケーション。
その実践を重ねるうちに、少しずつですが、私自身がその時間の中に「心地良さ」を感じられる瞬間が増えていきました。
教わった傾聴の技術と安心感
私がそうしてただお話を聞くだけでなく、自分自身も心地良さを感じられるようになった背景には、管理者の絢美さんからいただいた大切な言葉がありました。
「千春さん、お話を聞くときはね、表情、声のトーン、そして相槌の速さや間に少し意識を向けてみるといいよ」
そのアドバイスは、目から鱗が落ちるような感覚でした。
それまでの私は、
「何か良いことを言わなければ」
「看護師として正しい答えを返さなければ」
と、言葉の内容ばかりに囚われていたのです。
しかし、大切なのは言葉そのもの以上に、自分が発する雰囲気や空気感なのだと気づかされました。
相手のペースに合わせて、ゆっくりと深いトーンで相槌を打つ。
相手の表情に寄り添うように、こちらの表情も緩める。
その「間」を意識するようになってから、驚くほど利用者さまとの距離が縮まり、お互いに心地良い安心感がその場に流れるのを感じるようになりました。
まりあという環境への、深い感謝
こうして5ヶ月間、迷いながらも一歩一歩進んでこられたのは、私の不器用さもすべてを包み込んで、待ってくれるまりあの環境があったからです。
誰一人として私を急かさず、ジャッジせず、「千春さんは千春さんのままでいいんだよ」と、存在そのものを認めてくれる仲間がいる。
この心理的安全性があるからこそ、私は失敗を恐れずに現場に飛び込むことができ、日々の訪問を「楽しい」と思えるところまで来ることができました。
しかし、この「穏やかさを求める気持ち」の裏側には、実はもっと根深い私の潜在意識が隠れていたのです。
次回は、その私の内側にある「恐れ」と、そこからの大きな気づきについてお話ししたいと思います。

