このご縁を離したくなかったから、施設は嫌だった
いつもありがとうございます。
訪問看護ステーションまりあ管理者兼看護師の佐藤絢美です。
その朝は、静かに始まりました。
肺の病気を抱え、酸素吸入をしながら、麻薬を内服しながらそれでも「ギリギリまで自宅で過ごしたい」と願い続けたご利用者様。
訪問看護として介入し、身体の状態を確認して、浣腸を施行。排便があり、お腹がスッキリして利用者様の表情がほぐれていくのがわかりました。体が軽くなった、という安堵感。それがその日一日の土台になりました。
身体の楽さは、心の落ち着きに直結します。清潔で、リラックスした状態で次のステップへ
それが、私たちの願いでもありました。
キャンナス日立・福祉タクシーとともに

入院の日。保険外サービスであるキャンナス日立の看護師として福祉タクシーに同乗し、利用者様と病院へ移動しました。
入院手続きという、体にも心にも緊張をともなう場面。でも、慣れ親しんだ顔がそばにいることで、利用者様は終始穏やかでいられました。
「安楽に移動できた」
その一言が、すべてを語っていました。
移動そのものが、ケアの延長線上にある。そのことを、改めて実感した時間でした。
福祉タクシーさんのドライバーさんは、こう言ってくださいました。
「看護師さんを置いていくわけにいかないんで、全然戻りますよ。タイミングさえ合えばどこでも行きますよ。」
職域を超えて「利用者様のために」という思いを共有できるとき、在宅ケアは本当の意味でチームになります。
訪問看護師が同乗することで、利用者様の安心が大きく変わる。それと同時に、私たちにとっても、移動中のケアのあり方を学ぶ貴重な機会をいただきました。
今後も看護師同乗が必要なケースがあれば、ぜひご相談させていただきたいと思っています。
「もし退院しなければならないときは」ご本人が語った最期の希望
利用者様はある日、こう話されていました。
「もし退院しなければいけないときには、訪問診療と訪問看護ステーションまりあが介入できる施設で看取ってもらいたい。お金がかかっても。」
酸素を吸いながら、麻薬で痛みをコントロールしながら、それでも自宅にいたい。
でも万が一のときは、見知らぬ場所ではなく、信頼できる人たちがそばにいられる場所で過ごしたい。
その言葉には、単なる施設の希望以上のものが込められていました。
関係性への信頼、安心への切実な願い、そして「最期まで自分らしくいたい」という静かな意志。
私たちはその言葉を、大切に受け取りました。
20年ぶりに語り明かした夜
入院前夜、利用者様は妹様と一晩中語り明かされたといいます。
「こんなにゆっくり話せたのは20年ぶり」と。
長い人生の中で、積もり積もった言葉がある。日常の忙しさや物理的な距離が、その機会を奪ってきたのかもしれません。
でも、在宅での生活を続けてきたからこそ、その夜が生まれた。
住み慣れた家で、妹様と向かい合って、時間を忘れて話せた。それは何物にも代えがたい夜だったと思います。
妹様は、涙を流しながらこう話してくださいました。
「ひとりで心配だから施設に入った方がいいんじゃないかって、何回も言ったんだけど、訪問診療とまりあさんと離れるのは嫌だって。そしたら本当にこんなに良い人たちなんだもん。そりゃ離れるの嫌なの分かった。兄さんが羨ましいくらいだよ。みなさんが居てくれてよかったです。」
施設への入所を何度も勧めた。心配だったから。
でも、兄が頑なに首を縦に振らなかった理由が、その言葉でわかった。
妹様は、そう話してくださいました。
支援者との関係性は、時に「生きる場所」の選択にまで影響を与えます。
「この人たちと離れたくない」
「この人たちに看取ってもらいたい」
という気持ちが、自宅での生活を支える大きな力になっていたのだと、改めて感じました。
利用者様ご本人からのお言葉

「皆さんに出会えたことが最高の運でした。人生の最期に最高の巡り合わせを頂いた。このご縁を話したくないって思ったから施設は嫌だったの。結果ギリギリまで自宅で過ごせて、今、私の望んだ最高の形になりました。ありがとうございました。」
「最高の運」「最高の巡り合わせ」「望んだ最高の形」
ご本人様の口から、こんなにも満ちた言葉が出てくるとは。
医療者として、これ以上のやりがいはありません。
施設を断った理由が「このご縁を離したくなかったから」という言葉は、深く心に刺さります。
支援者との関係は、単なるサービス提供ではなく、その人の人生の一部になりえる。
だからこそ、その関係を守ろうとした。
そのことを、私たちは忘れてはいけないと思います。
そして、訪問診療の先生からも言葉をいただきました。
「最後までありがとうございます。ご本人が名残惜しくなる気持ちもわかりますね。」
先生がそう言ってくださったのは、まりあスタッフの関わりを長い時間をかけて見ていてくださったからだと思います。
医療の専門家に、そう言っていただける関係性を築けていたこと
それは、まりあスタッフ全員の積み重ねです。
その言葉を聞いたとき、率直に思いました。まりあのみんなの看護が誇らしい、と。
日々の訪問の中で、技術だけでなく、その人の生き方や望みに寄り添い続けてきたスタッフたち。
「名残惜しい」と思っていただける関係を、真摯に積み上げてきた。その事実が、誰よりも嬉しかった。
ギリギリまで自宅で、という願いを叶えるために
利用者様が「ギリギリまで自宅で過ごせた」と言えたのは、一訪問診療、訪問薬局、ケアマネージャー、訪問介護、訪問看護師による毎日のケア。
入院搬送の際には保険外サービスのキャンナス日立、福祉タクシーの心ある対応。
それぞれのサービス連携。
そしてご家族の深い愛情。
これらがひとつになって、はじめて実現できた在宅生活でした。
在宅ケアは、医療だけでは成り立ちません。生活支援、移送、家族の関わり、地域のつながり。
それらすべてが組み合わさって、「その人らしい最期」が生まれます。今回の経験は、そのことを改めて教えてくれました。
「関わらせていただいた」という感謝
このブログを書きながら、ひとつの思いがずっとありました。
「支援した」のではなく、「関わらせていただいた」のだと。
利用者様の選択を尊重し、その人生に寄り添う機会をいただいた。
妹様の涙を目の前で受け取った。
ケアマネージャーのケアプランがあった。
福祉タクシーのドライバーさんの言葉に背中を押された。
訪問診療の先生に、温かい言葉をいただいた。
訪問薬局さんの迅速なお薬のお渡しがあった。
すべてが、「与えていただいた」経験です。
「人生の最期に最高の巡り合わせを頂いた」
利用者様がそう言ってくださったけれど、それは私たちも同じです。
このようなご縁に出会えたこと、こんなにも豊かな現場で働けていることを、心から感謝しています。
在宅ケアに関わるすべての皆様、利用者様とご家族の皆様、そして連携してくださったすべての方々本当に、ありがとうございました。

