高千穂研修 〜内へ還る旅〜
いつもありがとうございます。
管理者兼看護師の佐藤絢美です。
今回の高千穂研修は、「外に向かって頑張る」時間ではなく、内へ還るための時間でした。

「ちゃんとしていなければならない」
そんな無意識の前提を抱えながら生きてきた自分に出会い直す旅でもありました。
幣立神社

証明するのをやめる
ここで浮かび上がってきたのは、「ちゃんとやれている自分を証明し続けてきた」という感覚でした。
ちゃんとした大人、看護師、母、経営者であること
本当は、誰かに認められたかったのではなく、自分が自分を認めたかったのだと気づきました。
「こうしなければならない」
という鎧を、少しずつ脱いでいく。
証明する人生から、存在する人生へそんな感覚になりました。
高千穂神社
すべてを背負わなくていい
経営者として、
「すべてを自分がやらなければ」
「すべてを自分が背負わなければ」
そんな責任感は、自分のなかの美徳と同時に重さでもありました。
ここで湧いてきた感覚は、感謝して、ここで終わらせてもいいという許し。
すべてを背負い続けなくていい。
経営とは、
“背負うこと”ではなく、
“信じて手放すこと”でもあるという感覚でした。
荒立神社

古いわたしを水に流す
「ちゃんとしていたい」
その想いは、決して悪いものではない。
でも、それを握りしめすぎたとき、余白は消えていきます。
・母として
・経営者として
理想の役割像を守ろうとするほど、自分自身は硬くなっていく。
ここで感じたのは、手放した瞬間に、穏やかな時間が流れ出すということ。
ちゃんとしようとする力を緩めたとき、関係性にも、組織にも、やさしい余白が生まれ、現実が変容していくことを感じました。
天岩戸神社
子どもの頃から、自分のままでいることがどこか生きにくいと感じてきました。
大人になればなくなると思っていた違和感。
けれど、看護師として働き始めてからもなぜか目立ち、浮き、時にいじめのような経験もありました。
だから、目立たないように隠れることで自分を守ってきた部分もあったのだと思います。
でももし、もう隠れなくていいとしたら?
ここで見えてきた未来は、
「わたしは、わたしの光を生きる」
という在り方。
そしてそれは、特別な誰かのためではなく、わたしが起業したいと思った原点である、望んでいるすべての人が自分らしく生きられる社会であってほしいという願いへと繋がりました。
今回の研修は、在り方の確認でした。
訪問看護の現場は、命と生活の境界線に触れる仕事です。
だからこそ、
「こうあるべき」ではなく「その人らしくあること」
を大切にしたい。
まずは、経営者である自分自身が
・背負いすぎない
・証明し続けない
・ちゃんとしすぎない
・わたしの光を生きる
その在り方を選ぶこと。
わたしがわたしを生きることが、スタッフの余白となり、利用者様の安心へと繋がっていく。

訪問看護ステーションまりあは、看護師としての役割はもちろん、人として在ることを大切にする場所へ。
誰もが自分の光を生きられる社会へ向けて、まずはここから。
内へ還り、そしてまた、現場へ。
たくさんの学びの時間をありがとうございます。

