明かりを照らすだけでなく、明かりを灯していく

いつもありがとうございます。
看護師兼管理者の佐藤絢美です。

光を照らすだけでなく、光を灯す

訪問看護師として、私はよく光を照らすという表現を思い浮かべます。
病気を抱えながら在宅で過ごす方々に、訪問することで安心や支えを届けること。

けれども、ここ最近は「光を照らす」だけではなく「光を灯す」という言葉がしっくりくるようになってきました。
照らす光は一方向的ですが、灯す光はその人の心の中に芽生え、自らを温めたり、周囲を照らすことができるからです。

訪問では、利用者様それぞれに違う物語があります。

訪問では、利用者様それぞれに違う物語があります。
病と闘う方もいれば、老いと向き合う方もいる。ご家族が支え合いながら介護をして過ごしている家庭もあれば、一人で暮らしている方もいます。

私たちができるのは、無理に変化を起こすことでも、答えを押しつけることでもありません。
ただ、利用者様やご家族の心に希望の灯りを少し置いてくること。
そして、それをいつ、どんな形で使うかは利用者様とご家族のタイミングに委ねることです。

灯りは、その方それぞれが手に取りたいと思ったときに初めて意味を持ちます。
例えば、リハビリを続ける勇気がわいたとき。薬を自分で管理しようと決めたとき。久しぶりに外へ散歩に出てみようとしたとき。
その瞬間に、以前そっと灯しておいた明かりが心の奥で力を発揮するのです。

訪問看護師にとって大切なのは、「見守る」ことだと感じます。
私たちは専門職であり、どうしても「よりよくしてあげたい」「すぐにでも改善してほしい」と願ってしまいます。
ですが、その方のペースや価値観があります。

だからこそ、焦らず、急かさず、ただ隣で見守る。
必要なときには光を照らし、時には小さな火をともしておく。
けれども、それを強制せず、ご本人が今だと感じる瞬間を信じて待つ。
この見守る姿勢こそが、訪問看護の根本にあるのではないかと思います。

あるご利用者様の話

ある利用者様は、病気の進行で歩くことが難しくなり、家にこもりがちでした。
元々お散歩が大好きな方で、外の景色やお花の話をたくさん聞かせてくださいました。
私は訪問のたびに、「外の空気を吸うのも気持ちいいですよ」とか、「近くの花が咲いていますよ」と声をかけましたが、その方は首を振るだけで動こうとはしませんでした。
それでも私は、四季のうつりかわりや天気が良いとき、気持ち良い風を感じたことなどの話を伝えていました。
すると、ある日突然、「今日はちょっと玄関まで出てみようか」と言ってくださったのです。
それは、私が促したからではなく、その方自身が自ら決めたこと。私はただ見守りながら、一歩を踏み出した瞬間に立ち会えたのです。

そのとき、私は深く感じました。
灯した明かりを使うかどうかは、その方のタイミングなんだなぁと。

訪問看護は、ときに孤独で重たい瞬間にも出会います。
けれども、そこに寄り添い続けることで、ほんの小さな希望の光を見つけることができます。
それは私たちが与えるものではなく、利用者様が自らの中で育てていく光。私たちはそのお手伝いをしているにすぎません。

光を照らすだけでなく、光を灯す
それは、利用者様の人生にそっと寄り添い、その方が自分のタイミングで一歩を踏み出すのを見守ること。
これからも訪問看護師として、一人ひとりの心に小さな明かりを置き続けたいと思います。

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