メンバー紹介
訪問看護ステーションまりあのメンバーを紹介します!

その方が望む暮らしを、ご本人とご家族と一緒に考える
【株式会社W Coral代表/訪問看護ステーションまりあ 管理者・看護師】
佐藤 絢美
こんにちは。
株式会社W Coral代表、訪問看護ステーションまりあの管理者・看護師を務める、佐藤絢美です。
茨城県日立市で生まれ育ち、現在は小学生の息子を育てながら、会社の経営と訪問看護に携わっています。
私が看護で大切にしているのは、病気や、できなくなったことだけを見るのではなく、その方が今できていることや、その方の中にある力に目を向けることです。
これまで、どのような暮らしをしてきたのか。
今、何を大切にしているのか。
これから、どこで、誰と、どのように過ごしたいのか。
ご本人のお話を伺うとともに、ご家族がどのような思いで毎日を過ごしているのかも伺います。
ご本人とご家族、それぞれの思いや暮らしを大切にしながら、その方に合った方法を一緒に考えることが、まりあの看護です。
訪問看護ステーションまりあを開設した理由
訪問看護ステーションまりあを開設した背景には、総合病院で出会った患者さんの言葉と、祖母の在宅介護をしていた母の姿があります。
総合病院で看護師として働いていた頃、
「家に帰りたいけれど、家族に迷惑はかけられない」
「手術をしても、家に帰れるわけがない」
と話す患者さんに、何度も出会いました。
本当は自宅に帰りたいという思いがあっても、病気や医療処置への不安、ご家族の生活への影響を考え、自宅で暮らすことを選択肢から外そうとしている方がいらっしゃいました。
その言葉を聞くたびに、
「本当に、自宅へ帰る方法はないのだろうか」
「医療や介護を組み合わせることで、その方が望む暮らしに近づけるのではないか」
と考えるようになりました。
病院で治療を受けた後にも、その方の生活は続いていきます。
退院後にどのような医療や介護を利用できるのか。
ご自宅では、どのような生活が考えられるのか。
ご本人とご家族が情報を知り、それぞれの思いを話し合うことで、見つけられる方法があるのではないかと感じていました。
祖母の在宅介護と、母の姿
私自身、祖母の在宅介護と、祖母を介護していた母の姿を身近で見てきました。
母は祖母を大切に思い、自宅での介護を続けていました。
家族だからこそ分かることや、家族だからこそできることがある一方で、母自身の時間や生活が後回しになっていく様子も見てきました。
大切な人を大切にすることと、ご自身の暮らしや人生を大切にすること。
そのどちらかを選ぶのではなく、どちらも大切にできる方法を考えられる場所が必要だと思いました。
ご本人が望む暮らしを考えるときには、ご家族の思いや生活にも目を向けることが欠かせません。
ご本人だけが我慢することも、ご家族だけが抱えることもなく、それぞれの思いを伺いながら、利用できる医療や介護を組み合わせていく。
そのような訪問看護を日立市につくりたいという思いから、2022年12月、訪問看護ステーションまりあを開設しました。
病院と在宅、両方の現場を経験してきました
看護師として、東京都済生会中央病院の脳神経内科・脳神経外科病棟、手術室、赤心堂病院、佐野厚生総合病院の手術室で勤務してきました。
病院では、手術を受ける方や病気と向き合う方、そのご家族と関わってきました。
その後、東京都調布市にあるワイズ訪問看護リハビリステーション調布の立ち上げに、管理者として携わりました。
訪問看護の現場で感じたのは、ご自宅には、その方が長い時間をかけて築いてきた暮らしがあるということです。
食事をする場所や、いつも座っている椅子。
ご家族との会話や、毎日の過ごし方。
その方が大切にしてきた習慣や役割。
病院では見えにくかった、その方の暮らしや人とのつながりが、ご自宅にはあります。
病気や症状だけではなく、その方の生活全体を見ながら看護を考えられることに、訪問看護の大きな意味を感じています。
まりあが大切にしていること
まりあでは、最初から方法を決めるのではなく、まずご本人とご家族のお話を伺います。
ご本人が望んでいることは何か。
今できていることは何か。
どのような生活を続けていきたいのか。
ご家族は、どのような思いを持ち、どのような生活を大切にしたいのか。
ご本人の希望と、ご家族の思いや生活状況が同じとは限りません。
だからこそ、どちらかの考えだけで決めるのではなく、現在の病状や生活環境、利用できる医療・介護サービスを確認しながら、その方とご家族に合った方法を考えます。
必要に応じて、主治医やケアマネジャー、病院、訪問診療、介護サービスなどの関係者とも連携します。
まりあが行うのは、その方の生活をすべて代わりに行うことではありません。
ご本人が今できていることや、その方の中にすでにある力を見つけ、必要な部分を看護で補います。
ご本人とご家族がこれまで大切にしてきた関係や暮らしを確認しながら、これからの毎日を一緒に考えていきます。
ご本人とご家族へのメッセージ
自宅で暮らしたいと思う方もいれば、施設での暮らしを考えている方もいらっしゃいます。
ご本人が本当はどのように過ごしたいと思っているのかは、お話を聞いてみなければ分からないことがあります。
ご家族にも、ご本人を大切に思う気持ちと、ご自身の仕事や生活を大切にしたい気持ちがあります。
まずは、ご本人とご家族、それぞれの思いを伺うこと。
そして、利用できる医療や介護の方法を知り、その方とご家族に合った選択肢を一緒に探すことが大切だと考えています。
「自宅に帰りたいけれど、本当に生活できるのだろうか」
「家族だけで介護を続けられるか不安」
「医療処置が必要でも、自宅で過ごせるのだろうか」
「どのような医療や介護を利用できるのか分からない」
そのような段階から、ご相談いただけます。
退院後の生活、在宅介護、医療処置、食事、夜間の対応、ご自宅での看取りなど、今感じていることをお聞かせください。
訪問看護を利用するか決まっていない段階でも大丈夫です。
その方が望む暮らしと、ご家族が大切にしたい生活の両方を伺いながら、どのような方法があるのかを一緒に考えていきます。

【看護師】吉澤 智美
こんにちは。看護師の吉澤智美(よしざわともみ)です。
日立市出身です。これまで看護師として整形外科、総合病院等で外来・デイケア・病棟などを幅広く経験し、結婚、妊娠を経て介護老人保健施設で働いてきました。
訪問看護師になった理由
直近で働いていた施設では、「家に帰りたい」「お願いだから、家に帰してください」と、泣きながら訴える入所者様がとても多くいらっしゃいました。
心痛に耐える方々の手を握って慰めるのですが、慰める事しかできない自分が、とても不甲斐ないと常々感じていました。
なら、私にできることは、何か、と考えたときに
“ご家族様と当事者にとって、お互いが笑顔で暮らせるご家庭を実現させる方法を探り、実現できるようにもっていきたい”
そして
“施設看護で行っていることを、家庭で簡単にできるように工夫して提案して、一人でも多く涙する人々を減らしたい”
と思い立ったのが訪問看護師を志した理由です。
訪問看護、在宅看護に対する想い
もちろん施設入所を選ばれることは、介護する方にとっても、される方にとっても、お互いに負担を少なくする為の良い選択と言えます。
しかし、その選択をするまで心情は、とても葛藤の多いものです。誰しもが、住み慣れた我が家から離れたくないものです。
私も、余生を他人だらけの施設で過ごしたくありませんし、冷たい病院のベッドの上で死にたくないです。
しかしご家族だけでご自宅でお看取りまで行うことは、とても難しいのが現実です。
ですが、その不可能を可能に出来るのが訪問看護師の在宅看護です。
私は、ご利用者様がご家庭で安心して最後まで幸せに暮らせるようにする為の、お手伝いができる事が、今から楽しみでなりません。
これまでの人生経験や看護師経験を生かし、大変なことも考え、工夫し、解決してチームで喜びあえるそんな訪問看護ステーションを作っていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

【看護師】松ヶ崎太郎
こんにちは。看護師の松ヶ崎太郎(まつがさきたろう)です。
北茨城市出身です。これまで看護師として亜急性期の一般病棟で、主に外科、内科、整形外科、心臓血管外科疾患の患者様の看護を経験してきました。
訪問看護師になった理由
私には学生の頃から地域に貢献したいという漠然とした思いがありました。
しかし、コロナ禍で在宅実習は殆ど出来ず、実習する事が出来た一般病棟の病院に就職しました。
就職してからの私は自分の目標である地域に貢献するという気持ちは薄れていき、日々の業務をこなす事がいつの間にか目標になり余裕もなくなっていました。
ちょうどその時に私は祖父母を亡くしました。
祖父母は一緒にお風呂に入るとても仲の良い夫婦でした。祖母を亡くしてからの祖父は認知症も進み、食事も充分にとれませんでした。以前とは別人のようになってしまった祖父をみて私はとても悲しかったです。
しかし訪問看護ステーションまりあが介入する事になり、次第に以前の祖父のようにハーモニカを吹いたり、笑顔を見せる瞬間が増えました。
またお風呂も入れるようになりました。
祖父と祖母の最期は訪問看護を利用し在宅で看取る事が出来ました。悲しみに暮れる中、祖母が言った最期の言葉が脳裏で再生されました。
「最高だど」祖母は最期まで笑顔でした。私はこの言葉を病棟勤務の時に聞いた事は1度もありませんでした。
訪問看護ステーションまりあとのご縁があったからこそ、祖父は最期まで自分らしく過ごせることができました。
祖父が繋いでくれたご縁だと感じております。
看護師として働くことの楽しさをもう一度実感したい、という思いが強くなり、訪問看護師として働くことを決めました。
まりあで叶えたい想い
私は自分にも向き合いながら看護をしたいと想っています。
これは自分だけのためではなく自分を見つめ直すからこそ周りの環境や人にも真剣に全力で向き合えるからです。
以前の職場での私はメンバーに怒鳴られ、業務に追われ、最終的にその業務を正確に早く終わらせることだけにとらわれていました。
就職してから月日が流れ、業務を正確に早くこなせるようになり、夜勤専従として働く事も任せられ、自己評価シートのチェックは殆どが埋まっていきましたがましたが心は真っ白でした。
なぜなら自分の想いが無いからです。
まりあに就職後も業務を正確にこなすという事は変わりありませんが、訪問看護は1人1人の利用者様に向き合う時間があり丁寧に向き合うことが出来ています。
現在の環境は、看護計画の修正や、疑問に思ったことを気兼ねなく相談でき、連携がとれることで安心して働けます。
また以前の職場では年功序列であり発言もあまり出来ませんでしたが、現在は自由に自身の意見も発言でき、カンファレンス出来るとこにより、利用者様を考えた看護ができるよう行動に移せています。
まりあのメンバーにも支えられ、自分のやりたいこと、思っていることをどんどん行動に移していける環境があります。
自分に向き合う事でより良い看護が出来る訪問看護師になる事が私の想いです。
そして利用者様が祖父母のように最期まで自分らしく過ごせるようにお手伝いさせていただきたいです。


【看護師】丸山千春
はじめまして。看護師の丸山千春(まるやまちはる)です。
水戸市出身です。これまで看護師として水戸医療センターの脳外科・歯科口腔外科・眼科病棟にて、脳卒中急性期〜回復期看護や周手術期看護を経験してきました。
結婚を機に移住後は、やすらぎの丘温泉病院の地域一般病棟での勤務を経験しました。地域に根ざした看護、様々な疾患やそれぞれの人生歴・生活背景を抱えながら療養される患者様やご家族との関わり、そして人生の最終段階を支える看護を学ばせて頂きました。
訪問看護師になった理由
私は、学生の時の実習がきっかけで「いつかは訪問看護師になりたい」と憧れを持つようになりました。
医療センター勤務時代、脳卒中により麻痺や失語が後遺症として残ってしまった患者様の退院時•退院後訪問に同行させて頂いたことがありました。
病院では表情も乏しく、自分らしさを表現することが難しくなってしまった患者様が“お父さん”の顔に戻る瞬間を、初めて目の当たりにしました。
「これからも、このご家族の人生は続いていくんだ」と改めて実感した瞬間でした。
一生懸命に介護について学んでこられた奥様の幸せそうな安心した表情、これからだと決意を新たにしていた姿が今でも忘れられません。
また温泉病院では、病や老いと向き合う患者様、そしてそのそばにいるご家族と過ごし、思うように身体が動かないということ、記憶を失うということ、そしてここで最期を迎えるということが、どれほど大きな事なのかを日々、深く考えさせられました。
それぞれの方にそれぞれの物語があり、それぞれの“健康”の形がある。本当に沢山のことを学ばせて頂きました。
「うちに帰りたい」この言葉を何度も何度も耳にしてきました。“そうだよなぁ”と思いながらも、自分に出来ることも、かけられる言葉にも、限りがありました。
“患者様の想い描く人生を、すぐそばで支えたい”
患者様やご家族との関わりの中で、訪問看護師への想いは更に深まりました。
まりあと叶える未来
「寄り添うってなんだろう?」
これまでの看護師人生のなかで、この問いに何度も向き合ってきました。
正解の無い関わりの中で悩んでいた私を勇気づけてくれたのは、仲間や患者様たちからの温かい言葉でした。
「孤独な気持ちでいる方のすぐ隣で、そっと光を灯せるような看護師でありたい」
これが私が大切にしてきた看護の根っこです。
たくさんの出会いに支えられ、繋いできた“灯り”
を次は在宅の場で大切にしていきたいです。
在宅看護は初めてで、暮らしの場におじゃまさせていただくことに今はとてもドキドキしていますが、地域に暮らす方々の、大切で尊い一日一日が少しでも穏やかに続いていくよう、ただただ心をそばに置かせて頂くつもりです。
まだまだ未熟な身ではありますが、これからひとつひとつ丁寧に学んでいきたいと思っています。
どうぞ、宜しくお願い致します。
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